あむしとずまし

同性カップル、のんびりアラサーお兄さんたちの日記。

愛は成長の記録だ

 

ところでずましと僕はmixiで出会ってます。

 

 

若い人は何それとか、僕達の年代だとやたらと「懐かしい!」と感じるもの。

今で言うFacebookの先駆け(実際はどうか知らないけど)みたいなもので、

匿名でプロフィールを公開して、

時たま日記を書いて、そこに返事がきてお返ししておしゃべりして。

 

 

三十路近くに”人とつながって自分を変えよう”と決意し、

Facebookは実名が怖くて、同性愛系SNSは肉と性で乱れていて、

Twitterは若い子の消耗戦の場だったこともあり、辿り着いたのがmixi。

 

なかなか牧歌的な場でした。

 

その当時ですら懐古的な存在だったから、

これだけSNS溢れているなかわざわざ廃れたものを選ぶなんて絶対どっかおかしい、

世の中のスピードに疲れたような人が集まってるんだろうなっていう分析…

 

僕はそこではじめて他の同性愛者の存在をリアルだと確認出来た訳ですが、

まそれは置いといて。

 

 

ずましとは何がきっかけだったかは覚えてないんですが、

メッセージでやり取りする仲でした。

今でも事あるごとに笑い話にするんですが超つまんないやりとりで、

 

 

「今日ここに出張で来てます。これを食べました。[写真]」

 

とか

 

「友達と居酒屋に行きました。これを食べました。[写真]」

 

 

とか来るので僕は、

 

 

「おいしそー」

 

とか

 

「おいしそー」

 

とかを受け取った次の日に返したりしてました。

あんまり言うと怒られるんですが、

今となってはこういうところ可愛くて好きだなって思います。

 

 

 

−−−

 

馴れ初めを書くわけじゃなく、

”恋人を作るコツは妥協”っていうのを見て嗚呼、”言い得て妙”な気分に浸りまして。

現実の友情は偶然の出会いから月日をかけて形成していくものなのに、

狭い世界とはいえ人恋しいと思う人は数多と居るなか

下手したらスライドひとつですぐ替えが用意される世界は残酷だなぁと思い馳せ…

 

出会いに妥協…大事だなぁ…(こう書くとずましに妥協したみたいだね)

 

 

 

 

でさ、継続は妥協では無いのですよね。

 

”恋愛は妥協の連続〜”みたいなのがあんまり好きではなく、

全くの他人をひとつひとつ、たまにぶつかりながら理解していって、

そしたら相手も同じように返してくれて、そういう積み重ねの上に僕達はあるんだな〜と。

 

服装はまあまだ及第点だし、趣味やら共通点なんて未だにろくに見つからないけど、

育んできたものがあって今一緒にいるんだなぁと思った次第です。

(なんて書くとまるでずましがお洒落じゃないみたいだね)

 

 

成長してるなって勝手に思いました。そんな深夜。

 

 

 

 

あ、恋愛のコツとか垂れ流すあれじゃないんで以上で終わりです。